猫は人間よりも聴力に優れ、より小さい音、より高い音まで聴取できると考えられています。飼い主が自宅に帰った時にお迎えに来ている猫は、歩く音、車のエンジン音などから飼い主だと聞き分けているのです。猫同士が高い声で鳴くため、男性の低い声を怖がるともいわれています。それ以外にもドライヤーや掃除機の機械音を嫌がる猫が多いです。飼育環境を音という面から見直すのであれば、洗濯機や食洗機から離れた場所に猫がリラックスできるスペースを用意しておくと良いでしょう。それ以外にも電話、インターフォンのモニター、室外の騒音(車道に面している場合は車)などにも注意しましょう。
一方でBGMという観点で、猫は人間のように音楽を聴くことでリラックスしたり、癒されたりするのでしょうか。犬ではクラシック音楽をかけると無駄吠えが減り、心拍数や呼吸数が落ちついたという研究があります。それ以外ではタマリンというサルの仲間も音楽によりストレス行動が減ったという報告がありますが、動物を対象にした音楽の効果に関する研究はそれほど多くありません。
猫では2つの研究があります。1つ目は麻酔中の猫にクラシック音楽、ポップ、ヘビーメタルを聞かせて呼吸数や瞳孔の大きさに変化があるか調べる、というちょっと変わった研究です。瞳孔の大きさは麻酔が深くなると、副交感神経が優位になり小さくなる傾向にあります。当然の結果ですがヘビーメタルをかけている時に最も呼吸が増え瞳孔が開き、クラシックの時が一番落ち着いているという結果が出ています。この研究で分かったことは、猫は麻酔で寝ている時も外部の音に対して生理的反応があり、その程度は音の種類により違いがあるということでした。
2つ目の研究は動物病院の待合室で音環境によって、猫の緊張度や検査に対するストレスが変化するかを調べました。音環境は、無音、クラシック、そして猫向けの音楽の3つの条件で比較しています。結果としては無音とクラシックはストレススコアが同じ程度だったにもかかわらず、猫向けの音楽がかかっている環境ではストレススコアと検査に対する抵抗が優位に下がったと記録されています。
猫向けの音楽には、好意的な猫の鳴き声や、出生直後や授乳期の環境音をイメージして、周波数は猫の声の高さに調整して作成されているそうです。例えば喉鳴らしのゴロゴロ音や、母猫のお腹をフミフミする音などが含まれています。この実験で実際に使ったのは「Scooter Bere’s Aria」という曲名で、動画サイトで無料で試聴することができます。実際に聞いてみましたが、まず喉鳴らしと猫の呼吸のような音がベースのように全体を通して流れており、メインのメロディ音は人間からするとかなり高めに感じます。うちの猫たちはこの曲をかけると3匹中3匹全員振り向きました。
音という側面から猫の環境を考えると、基本的には静かであることが望ましく、生活音もできるだけ猫の活動圏から遠ざけた方が良いといえるでしょう。ヘビーメタルのような激しい音楽に交感神経が刺激されるのは猫も人も同じでしょう。猫向けの音楽が自宅でもリラックス効果があるかは不明ですが、猫が好む音やリズム、周波数は人間とは少し違うかもしれません。一方で上記の研究で無音とクラシックのストレススコアが同程度であったことから、人間がリラックスする音楽が猫にとって不快になっている可能性は低いと考えることができます。
<参考文献>
Mira, Filipa, et al. "Influence of music and its genres on respiratory rate and pupil diameter variations in cats under general anaesthesia: contribution to promoting patient safety." Journal of feline medicine and surgery 18.2 (2016): 150-159.
Hampton A, Ford A, Cox RE 3rd, Liu CC, Koh R. Effects of music on behavior and physiological stress response of domestic cats in a veterinary clinic. J Feline Med Surg. 2020;22(2):122‐128.
山本宗伸 / やまもと そうしん
Tokyo Cat Specialists 院長
日本大学獣医学科外科学研究室卒。東京都出身。授乳期の仔猫を保護したことがきっかけで猫に魅了され、獣医学の道に進む。獣医学生時代から猫医学の知識習得に力を注ぐ。都内猫専門病院で副院長を務めた後、ニューヨークの猫専門病院 Manhattan Cat Specialistsで研修を積む。国際猫医学会ISFM、日本猫医学会JSFM所属。