人間と猫は同じ哺乳類なので、5感を使って外界を感知している点は共通しています。その中でも視覚や聴覚というのは動物間で能力の差はあるものの、基本的な機能は一緒です。しかし嗅覚はそうではありません。一番の違いは、猫はコミュニケーションにおいても嗅覚を使っているという点です。私たちは主に顔や体格などの視覚からの情報に頼ってお互いを識別していますが、猫では匂いでどこの猫か判断していると考えられています。そのため動物病院から帰ってきた同居猫の匂いが変わっていると、知らない猫だと思って攻撃されてしまうことがあります。
またいわゆるマーキングと呼ばれる、匂いをつけて自分の存在を主張する行動もコミュニケーションの1つです。猫は不安を感じると自分の匂いを壁や柱に擦り付けて安心しようとしますが、これは人間にはない感覚です。そのため人と猫の嗅覚の特徴の違いを正しく理解することは、尿スプレーによるマーキングのような問題行動の多くを解決する上で大切だと考えられています。
猫の嗅覚は私たちの数千倍敏感なだけでなく、第二の嗅覚感知器官を持ち合わせています。それはヤコブソン器官(鋤鼻器)と呼ばれ、フェロモンを感知する機能があります。猫が匂いを嗅ぐ仕草をした後に、しかめっ面で口を半開きにするフレーメン反応という行動がありますが、これはヤコブソン器官に通じる管を開き、フェロモンを取り込むための行動です。
猫が匂いを分泌する場所としては、耳、頬、こめかみ、顎、指の間、そして尾の付け根などです。これらはいずれも猫がよく柱や飼い主に擦り付ける部位であり、また指をのぞいて触ると喜ぶ箇所でもあります。
また猫にとって匂いは食欲において重要な因子になります。猫は食に対して選り好みをするのは、匂いによる厳しいチェックがあるからだと考えられています。肉食動物である猫は食べ物が新鮮でないとお腹を壊してしまうので、腐敗のサインである酸っぱい匂いを極端に嫌います。同様に味覚では腐敗すると強くなる苦味に対して敏感です。そのためか人間にとっては心地良い柑橘系の匂いは、猫にとって非常に不快になるようです。柑橘系の匂いは洗剤、芳香剤、アロマなどに使われていることがあるので注意しましょう。
まとめ
嗅覚は5感の中で最も猫と人で差がある感覚であると理解することが大切です。匂いという点で、猫にとって心地よい環境作りのためには、まず猫同士の匂いによるコミュニケーションを邪魔してはいけません。強い匂いがあると自分のマーキングした匂いや他の猫がわからなくなり不安になります。海外の論文では「外の匂いを持ち込まないという意味で外履きを脱ぐ」という提案もありましたが、私たちは自然にできていることです。
また「猫が体を擦り付けた柱や家具を拭き掃除してはいけない」と黒ずんだ柱の写真とともに猫医学の専門誌に掲載されていたりもします。もしお気に入りの柱を柑橘系の洗剤で拭き掃除されていたら愛猫はショックを受けてしまうかもしれません。人間にとって心地良い匂いが猫にとってはそうではないこと、そして猫は遥かに人間より鼻が効くことを覚えておきましょう。
<参考文献>
Bellows, Jan, et al. "Aging in cats: common physical and functional changes." Journal of Feline medicine and surgery 18.7 (2016): 533-550.
Bradshaw, John. "Normal feline behaviour:… and why problem behaviours develop." Journal of feline medicine and surgery 20.5 (2018): 411-421.
Halls, Vicky. "Tools for managing feline problem behaviours: Environmental and behavioural modification." Journal of feline medicine and surgery 20.11 (2018): 1005-1014.
山本宗伸 / やまもと そうしん
Tokyo Cat Specialists 院長
日本大学獣医学科外科学研究室卒。東京都出身。授乳期の仔猫を保護したことがきっかけで猫に魅了され、獣医学の道に進む。獣医学生時代から猫医学の知識習得に力を注ぐ。都内猫専門病院で副院長を務めた後、ニューヨークの猫専門病院 Manhattan Cat Specialistsで研修を積む。国際猫医学会ISFM、日本猫医学会JSFM所属。