人は五感の中で8割程度の情報を視覚から得ているという話があります。この数字は40年前の書物からの引用であり少し古いですが、人間にとって五感の中で視覚が重要な役割を担っていることを疑う余地はないでしょう。一方で猫は外からの情報のうち視覚の割合が2割程度であり、その代わりに聴覚と嗅覚の割合が高いと考えられています。つまり猫にとって視覚は人ほど重要ではなく、機能も低くなっています。猫の視界がどのようになっているか考えてみましょう。
色覚
まず猫は基本的にモノクロの世界に生きていると考えられています。色を感知する細胞(錐体細胞)の数は人の1/5ほどしかありません。私たちが赤、青、緑の3色で見分けていますが、猫は赤を感知する力が弱いです。これは猫が狩りに出るのは朝方や夕方であり、獲物もカラフルなものではく、色を見極める必要性が低かったからだと考えられます。
視力
人よりもかなり近視であることがわかっています。最もピントが合うのは目から75cmほど、つまり追いかけた獲物に飛びかかる距離だといわれています。そのため人間式の視力検査は苦手で、近い場所以外は全体的にぼやけていると推測されます。
暗視
猫の視覚で最も優れている項目の1つです。猫は目が大きく、多くの光を取り込むだけでなく、輝板という構造を網膜の裏に持っています。この輝板は光を反射し、網膜を通過した光を再度取り込むことができます。これにより明暗情報が40%増えます。夜間にフラッシュをたいて写真を撮ると、猫の目が光るのは輝板が存在しているからです。また光を感知する細胞(桿体細胞)の数も3倍あり、その結果人間の限界より6倍暗い場所でも視野を確保できます。
動体視力
ネズミや小鳥を獲物とするため、優れた動体視力を備えています。猫を軸にして1秒間に25〜60度移動している対象物に対して最も強く反応します。獲物となる小動物の動きがこの範囲にあるからです。また眼球自体を移動させる能力も高く、私たちが力一杯ねこじゃらしを振っても平気で食らいついてきます。猫はバランス感覚も高く、平衡感覚や眼球運動を司る小脳が発達しているのでしょう。
視野
猫の前方向への視野は250度前後で、人間の180〜200度よりも若干広いです。左右の目で立体的に認識できる両眼視野が120度で、これは人間と同じぐらいです。視野が広い動物の代表である馬の視野が350度であることと比べると、猫の視野は動物界では狭い方です。基本的に襲われる可能性のある動物ほど視野が広く、襲う側の動物は視野が狭く、獲物との距離感がわかりやすい両眼視野が広くなります。
まとめ
人を含む霊長類は視覚の動物であると呼ばれ、これは森の中で熟した果実を見分けるために進化したと考えられています。そのため猫の視覚が弱いというよりは、人が特に視覚の発達した動物と考えるほうが自然でしょう。私たちは緑を見ると落ち着いたり目が休まると感じますが、猫にはそういう感覚の色はないと思って良いでしょう。同様に、私たちは料理においても見栄えが食欲に影響しますが、猫は〇〇色だから美味しそうと感じることもないでしょう。猫にとっては色よりも匂いの方がリラックスするにも食欲にも大事なので、五感の中で視覚の順位が落ちるのも納得です。
山本宗伸 / やまもと そうしん
Tokyo Cat Specialists 院長
日本大学獣医学科外科学研究室卒。東京都出身。授乳期の仔猫を保護したことがきっかけで猫に魅了され、獣医学の道に進む。獣医学生時代から猫医学の知識習得に力を注ぐ。都内猫専門病院で副院長を務めた後、ニューヨークの猫専門病院 Manhattan Cat Specialistsで研修を積む。国際猫医学会ISFM、日本猫医学会JSFM所属。