動物種の食事内容の違いは、歯の形から考えるとわかりやすいです。猫は肉を裂くためのハサミ状の歯を持っています。これは裂肉歯と呼ばれ、文字通りに肉を裂くための歯です。一方でウシやウマなどの草食動物は咀嚼して植物をすりつぶすために、臼のような四角い形の歯をたくさん持っています。猫とよく比較される犬は、基本的には肉食ですが、植物質を含む食物にも適応しているため、猫と比べると歯の本数が多く少し丸いです。歯の形から猫は動物の中でも、より肉食に特化した動物であるということがわかります。
人間は植物性の食品だけを食べるベジタリアンでも生きていけますが、猫はできず、動物性タンパク質を必ず摂取しなければいけないという特徴があります。肉を食べる動物は肉食動物と言えますが、その中でも猫のように肉を食べないと生きていけない動物を完全肉食動物と呼びます。そのためキャットフードには魚や、鳥、稀なものだとカンガルーなど、必ず何かしらの動物の肉が入っています。犬は完全肉食動物ではないので、実はアレルギーやベジタリアン向けの植物性食品のみを使ったドックフードというものも市販されています。
猫の栄養要求の特徴としてはタウリン、ビタミンA、アラキドン酸などが必須です。これらの栄養素は動物によっては体内で合成することができますが、猫はその能力を欠いているからです。タウリンなどは動物性食品に豊富に含まれているため、肉を食べ続けて進化してきたネコ科の動物にとって不必要な能力だったのでしょう。猫は手作りフードが難しいといわれるのは、必須の栄養素が多いからです。
では現在、家で飼われている猫はどういうものを食べているでしょう。キャットフードを販売するにあたって、AAFCOという団体(米国の飼料検査官協会)の基準をクリアする必要があります。これは猫が生きていく上で必要な各々の栄養素の最低必要量が記載されていますが、基準はそれほど厳しいものではないため、フードの種類によって栄養バランスは大きく異なります。
よく議論される点として、猫本来の食生活(小鳥やネズミなどの小動物)とAAFCOの基準の乖離です。例えば野生のネズミを捕食したとして、栄養素を測定するとタンパク質の割合が55%、脂肪が38%と高い水準にあることに対して、AAFCOで必要なタンパク質は26%以上、脂肪は9%以上とされています。その代わりに多くのキャットフードには炭水化物が入っています。人の健康でも低炭水化物食(ローカーボダイエット)が注目されており、猫も炭水化物が少ない方が良いのでは、という議論が繰り返されています。そこに着目して穀物を含まないグレインフリーというキャットフードも市販されています。ただし、現時点では猫においてグレインフリーの食事の方が健康上優れているという科学的な根拠はありません。
まとめ
猫の食生活を考えてみると歯や代謝能力に肉食動物のエリートとして進化してきた片鱗が随所に残っています。これらの特徴は何百万年という単位で作られるものなので、すぐに変わるものでありません。最低限の必要な栄養素であるAAFCOの基準はクリアしないと、心臓や骨などに異常が現れてしまします。
一方で平均寿命が伸びた飼育猫にとってどのような栄養バランスが最適かは議論の余地があります。上記のような猫本来の高タンパク食は高齢猫に多い便秘になりやすかったり、腎機能が落ちた猫では尿毒症症状を悪化させたりする可能性があります。猫の平均寿命が15〜6歳まで伸びたのはここ20〜30年のことで、そのうち20歳まで伸びるのはないかといわれています。これからは20年生きることを想定して猫の食事を考えていく必要があると感じます。
山本宗伸 / やまもと そうしん
Tokyo Cat Specialists 院長
日本大学獣医学科外科学研究室卒。東京都出身。授乳期の仔猫を保護したことがきっかけで猫に魅了され、獣医学の道に進む。獣医学生時代から猫医学の知識習得に力を注ぐ。都内猫専門病院で副院長を務めた後、ニューヨークの猫専門病院 Manhattan Cat Specialistsで研修を積む。国際猫医学会ISFM、日本猫医学会JSFM所属。